伊達神社について

社    名

伊達神社(だてじんじゃ)

 

旧 社 名

鹿島國足神社(かしまくにたらしじんじゃ)

主 祭 神

武甕槌神(たけみかづちのかみ)

経津主神(ふつぬしのかみ)

幸魂神(さちみたまのかみ)

 

配    神

伊達邦成命(だてくにしげのみこと)

 田村顕允命(たむらあきまさのみこと)

由    緒

 明治2年、伊達邦成公(旧藩主)は北海道有珠郡支配を命ぜられ、宮城県宇田、亘理両郡の旧臣を率いて当地に移住し開墾の業を進めた。

 明治6年まで移住者が相次ぎ、ついに500余戸に達した。明治8年7月(同6年願い済み)時の開拓使伊達邦成公が北海道有珠郡開拓と北門鎮護の守護神として旧磐城国亘理郡鎮座、延喜式内社鹿島天足和気神社の御分霊を勧請し神殿を建立。

 明治9年4月8日には、伊達邦成公自ら祭主となり、開拓使主典田村顕允公が副祭主とし、祠官黒野時中奉仕により遷座祭を執行された。

 社名を鹿島國足神社とし、元紋鼈桜小路幌美内岡頭に鎮座。明治41年には鹿島町に奉遷し、大正8年(開拓50年記念)に現在の社殿を改築した。

 その後、昭和10年北海道有珠郡開拓の先覚者であり偉勲者であられる、伊達邦成公・田村顕允翁の2柱を配神として合祀された。

 また昭和48年には、伊達神社と社名を改め奉り現在地伊達市末永町に御移遷、大いなる御神徳を仰ぎ現在に至る。

例大祭

9月14日 (宵宮祭)

9月15日 (神幸祭)